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【選択のパラドックス|バリー・シュワルツ】心理学者が語る、多い選択肢の中で悩みどう生きるのか【TED】

2020 5/18
【選択のパラドックス|バリー・シュワルツ】心理学者が語る、多い選択肢の中で悩みどう生きるのか【TED】

[jin_icon_share color=”#e9546b” size=”15px”] BARRY SCHWARTZ | THE PARADOX OF CHOICE

タイトルを日本語にする『選択肢の背理』になるのかな。TEDをみてたらなんか「あーーー、わかる」という感覚になった。

心理学者であるBarry Schwartz(バリー・シュワルツ)さんが語る『THE PARADOX OF CHOICE』

「背理」というのは物事の道理に反すること。理屈に合わないこと。

「あ、わかってる」って感覚も、改めてこうして説明されるといろいろと考えさせられるのでいい機会になった。

結論を言うと、選択肢の多さが、その用意される目的とは裏腹に不全感につながると言う話。選択疲れしている人は、ぜひ見てみて欲しい。

目次

選択肢の多さが不全感を招く? THE PARADOX OF CHOICE

僕は本当に物欲が旺盛で、洋服、カバン、美容品、家具、文房具、ガジェット類ととにかくすぐ欲しくなる。

理性とは別のところで、欲しいというスイッチが入ると、自分を抑えるのになかなか苦労するんですよね。

そんな僕には苦肉の策があって、コントロールするために、

  • とことん調べる
  • 一生大事にしたいと思えるか考える
  • 少し時間をおく
  • 投資になるかを考える

それらを時々で使い分けるんです。それらを乗り越えてでも自分は購入するのかという試練みたいな。

そんなフィルターにかかって、早々に脱落するものもあれば、脱落したと見せかけて3ヶ月後ひょっこり現れるものもいるし。そんな試練に負けず、いつ恋の魔法をかけたのか、四六時中僕の頭を占領するものもあるし。

そうしてものを買う。なのに、手元に届いたときに不全感を感じることも、まあまああるんですよね。

自由を追及→選択肢を多く用意→繁栄

Barry Schwartzさんは「人は個人の自由を追及してきた。そのために選択肢を多く用意し、それをもって繁栄してきた」っていいながら、スーパーマーケットに並ぶドレッシング、電器屋に並ぶ音響設備などなど、あらゆる業界で豊富な選択肢が用意されている様子を紹介し、かつての種類の少なかった時代と比較するんですね。

そして、物だけじゃなく生活や人生も

「結婚するかしないか、いつするか、キャリアを先に築いてからか?」

みたいなライフイベントのタイミングもそう。かつては周囲に決められていた結婚相手も自由恋愛となり、結婚がどこか「大人の象徴」だったのが「結婚は必要なのか?」なんて大真面目に考える人も現れる時代になった。するもしないも自由になってますよね(5:54)。

あるいは、日常生活においても。子供のサッカーを観にいったときのくだり(6:47 )。大なり小なりそんな経験した人がほとんどではなんじゃないかと思います。彼女とデート中に仕事の電話がなってでようかでまいかなんて経験とかね。

携帯電話、SNS、いつでもどこでも連絡取れる自由さ、そういう選択肢。20年前の方が不自由だったけれど、自由だったかもなぁ、、、みたいな感覚。

それもこれも「選択肢が増えたせいだ」といえばなるほどと思う。

選択の多さが招く2つの悪い効果

多くの選択が存在することについて『良い面もある。それはみんなわかっているだろうから、私は悪い二つの効果を説明する』と語ってくれます。

ひとつめにあげているのは、人は選択肢が多くなると選択が難しくなって無力感を感じるんだそう(8:08)。

そして、ふたつめにあげているのは、そんな無力感を超えて決断を下しても、選択肢が少ない時と比べて満足度は低いと指摘(9:55)。

選んだものがあるということは、選ばなかったものももあるということ。選んだものが完璧であるということは少ないから「もっといいものを選べたはずなのに」と想像してしまう。

「これを選ばなかったらもっと得をしていたかも知れない」

「これだけ選択肢があるんだから最高なものを手に入れられるはずなのに完璧ではない選択をした自分は損をしているのではないか」

そうして、取らなかった選択肢が自分の決断を後悔させることになる。この後悔が下した決断の満足度を差し引いていく。

間違った判断はしたくない、正しく判断を下したいという心理が、僕がいつも抱く不全感のようなものの正体かもなぁ。

【感想】これからは多様化の時代だけど・・・

20年前までは「あの音楽いいよね」といえば「そうだね!」で通じた会話も、今となってはなかなか通じず。ここ10年くらいかな、相手がどのジャンルを好むのかをまず探ってる自分がいるんですよね。

歌謡曲はレッドデータブックいりしてるし。ヘビメタ好きな自分は、ボサノヴァとかジャズとかオシャレじゃないし、ヒップホップみたいにイケイケじゃないし、ラップみたいに知的じゃない。そうして比べて「ちょっと不全感」みたいなときもある。

価値観が多様化した世の中になった。これからしばらくはそういう方向に進んでいくわけで、事あるごとに自分の選択はこれでよかったのだろうかと自問自答し、隣の芝生を見ては「あおいなぁ」と指を咥え、軸足が定まらず浮遊霊のように漂い、消費し、不全感を覚える人がより多くなるのかもしれない。

ブログを書き始めたばかりの僕が、どういう方向で表現していくのが良いのかと考えるときもそうだ。

マネタイズ、そこに軸足を置いてブログ作りをしている人をみては、この方がいいのではないかと思うし、けど、自分が触れて「ここちよい」と感じるようなブログに出会えば、そうした世界観をもったブログにしていきたいという気もする。料理、本、映画、ガジェット、英語学習、、、そんなブログの内容。はたまたデザインについても。隣の芝生はあおい。

しかし『選択肢の背理』に陥らないこともある。

多様な生き方が存在する中で長年勤めた職場を去り、様々な経験を積もうしていることに『選択肢の背理』は生じていない。

これがいいと思っているし、満足感、豊かさもある多様な生き方が世の中で認められ選択肢が多い中でも、そのように感じられるのはなぜか

きっと、そこに存るものが『選択肢の背理』に陥らない「コツ」につながっているのかもしれない。「信念」が絡んでるかも。ものに対して「信念」は大袈裟な気がするけれど。

あと、やっぱり、ジョブズだなと思う。ジョブズは余計な選択肢は与えなかった。その代わり、彼が思う最高のものを創っていた。それを手にした僕は満足していた。マーケティング的にも選択肢の多さと満足度はきっと相関してたりするんだろう。これから出会う本にそんなことが書いてあったら面白いなーと思う。

ということで、そんなことを考えさせてもらった今回のTED
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でした。

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