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【読んでみた感想】マチネの終わりに (文春文庫) 平野啓一郎

2020 5/12

単行本2016年4月9日文庫本2019年6月6日に発売された小説。

もとは、2015年3月から2016年1月まで毎日新聞朝刊及びnoteにて連載されてたらしい。

2019年に(福山雅治さん主演)で映画化された。

この本だけの特設サイトもあるくらいの力の入れよう。
[jin_icon_share color=”#e9546b” size=”15px”] 『マチネの終わりに』特設サイト|平野啓一郎

映画の特設サイトもいい雰囲気。
[jin_icon_share color=”#e9546b” size=”15px”] 映画『マチネの終わりに』公式サイト

ちなみに、概要はWikipediaを見た方が早いかも。
[jin_icon_share color=”#e9546b” size=”15px”] マチネの終わりに|Wikipedia

天才クラシックギタリスト・蒔野聡史と、国際ジャーナリスト・小峰洋子の恋愛小説、って読み方をするのが王道なんだと思うけど、読み終わって思ったのは、もはやこれは恋愛に焦点を置いた人生劇だな、、、というのが率直な感想でした。

特に印象に残ったのは『過去は変えられる』って話

言われてみたらそうだよなぁ

なんだけど、

過去が変えられるって、おい!確かに!

と強烈に思った人生経験浅はかな私の感想です。

以下、感想。おそらく読み終えた人でなければ辻褄が合わない気もするけれど、勘の鋭い人は骨組みだけでわかってしまうので、未読者で先を知りたくない方は読まない方が無難です。

目次

【感想1】人の心は縛れない

まず思うのは、当たり前だけど、人の心は縛れないってことだな。どんなに策を労しても人の心は操れない。

日本を代表するフランス料理界の巨匠で、名門「コート・ドール」のオーナーシェフをつとめる斉須政雄さんと言う方が『調理場という戦場 「コート・ドール」斉須政雄の仕事論』という書籍で綴った文言なんだけど、ほんとそうなんだよなぁ、と思うのです。

人って、親密な関係になるとその人の存在を自分の枠の中に置こうとする傾向がある。

その人のことを大事だと思うと、なぜか勘違いして、人は嫉妬心やらなにやらから、その人のことを縛って、自分のもとにおいておこうとするし、遠くに行ってしまわないようにしばろうとしたりすることが多い。

付き合ったり結婚した相手をそうしたり。親が子供をそうしたりするのも似た質を持ってる。

この話は特に恋情や愛情に焦点が当たっているけれど、概して人の気持ちはその人のものであるということを改めて思った。

そうやって縛ってしまいたくなる気持ちはよく理解できるけど、その人の心はその人のもの。

だからその人が本当に好きならその人を縛ろうとしてはいけない。その人のことを本当に思うならその人を自由にしてあげる。それでその人が自分を選んでくれたのならそれは幸せなことで、自分を選ばずに幸せになってくれたのならそれも幸せなこと。

僕自身そう思ってたところに、早苗の行動をみて改めてそれを感じた。

でも、割と早苗みたいな人って多いよね、とも思う。

でも、それは別に早苗を否定しているわけじゃないの。

僕は早苗もとっても魅力的だと思う。人間臭くて。

そばにいて「わかるよ、うんうん」ってうなづける自分もいる。

【感想2】過去は変えられるというお話

蒔野と洋子と早苗が初めて会った夜の会話。

洋子と早苗の出身地の話から、祖母が亡くなった話になる。

洋子の祖母は、転んだ時に、庭石で頭を打ってしまって亡くなった。その庭石は、洋子が子供のころ、よくテーブルに見立てて、いとことままごとをして遊んでいたものだった。

「その石が、まさか将来、祖母の命を奪ってしまうなんて」

洋子のその言葉に、早苗は「それは仕方がない」という。

洋子はそれに対して「わたしが言いたかったのは、ただ、子供の頃わたしが、いつか祖母の命を奪うことになるその石で、何も知らないまま遊んでたっていう、そのこと自体なんです」という。 噛み合わない二人の間に入るようにして蒔野がいう。

洋子さんは、記憶のことを言ってるんじゃないかな

 お祖母様が、その石でなくなってしまったんだから、子供の頃の石の記憶だって、もうそのままじゃないでしょう?どうしても、頭の中では同じ一つの石になってしまう。そうすると、思い出すと辛いよ、やっぱり。

それでも理解の及ばない早苗に対して、洋子が話を納めようかとしているところ、蒔野が会話を続ける。

いや、ヘンじゃないです、全然。音楽ってそういうものですよ。最初に提示された主題の行方を最後まで見届けた時、振り返ってそこに、どんな風景が広がっているのか?ベートーヴェンの日記に、『夕べにすべて見とどけること。』っていう謎めいた一文があるんです。〜〜〜〜 あれは、そういうことなんじゃないかなと思うんです。展開を通じて、そうか、あの主題にはこんなポテンシャルがあったのかと気がつく。

そうすると、もうそのテーマは、最初と同じようには聞こえない。花の姿を知らないまま眺めた蕾は、知ってからは、振り返った記憶の中で、もう同じ蕾じゃない。音楽は、未来に向かって一直線に前進するだけじゃなくって、絶えずこんなふうに、過去に向かっても広がっていく

人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えてるんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。過去は、それくらい繊細で、感じやすいものじゃないですか?

何度も頷きながら聞いていた洋子は

今のこの瞬間も例外じゃないわね。未来から振り返れば、それくらい繊細で、感じやすいもの。・・・・・・生きていく上で、どうなのかしらね、でも、その考えは?少し怖い気もする。楽しい夜だから。いつまでもこのままであればいいのに。

と返す。 そこから物語が展開されてゆく。

人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えてるんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。過去は、それくらい繊細で、感じやすいものじゃないですか?

僕はここの箇所を読んだとき「そうだよなー」くらいにしか思わなかった。

けれど、このとき蒔野と洋子はこのやりとりを通じて理解し合えた経験があって、それが後々まで彼らの信頼関係の元となる一つの大きな要素になっていく。

この物語を最後まで読んだとき、ここの会話が僕の中で急激に膨らんだ。

もう、いまは、それな!!!って強く思ってる。ほんと、その通りと思う。

【感想3】人生は絡まり積み重なり他者に影響を与えつくられていく

この物語は、蒔野と洋子を中心に描かれたものだし、テーマは恋愛を中心としている。

けど、彼らに関わる全ての人たちが、置かれた環境、舞い降りてくる状況、その中で自らの意思を持って選択し生きている

それらが積み重なり絡み合う。それぞれの人生が他者に影響を与える

そして、それらが自らの意思を超えて『未来』が生まれてゆく

洋子は離婚をし、新たな道を踏み出す前に、父に会いにいった。父は新たな職に就くことについて大事な娘の身を案じ、会話を始めるが、思わずそこから運命論と自由意志の会話になる。

お父さんの映画には、人生はどこまで運命的なのかって主題がずっとついて回ってるけど、今はどうなの?人間の<自由意志>に関しては、やっぱり悲観的?

ソリッチは「自由意志というのは、未来に対してはなくてはならない希望」といいながら「だからこそ、過去に対しては悔恨となる」という。だから「運命論の方が、慰めになることもある」とも。 その後、洋子は長年抱いていた問いを父親のソリッチに投げかける。

お父さん、・・・・・・さっきの話で、答えは出るのかもしれないけど、一つだけ訊いてもいい?

《ダルマチアの朝日》のあと、次に《幸福の硬貨》を撮影するまでの九年間、何をしてたの?ーつまり、お母さんと離婚して、わたしを残して去ってしまったあと。

「ー脅迫されていたんだ。」 妻と子供を守るためにそういう選択をしたということをソリッチはいう。

「それを、お父さんは後悔してる?」

「大事なのは、お前たちを愛していたということだった。理解し難いだろうが、愛していたからこそ、関係を絶ったんだ。そして、お前はこんなに立派に育ち、お母さんも平穏に暮らしている。恐らく、間違ってなかったんだろう。」

「でも、お父さんとは一緒に暮らせなかった。」
「だから、今よ、間違ってなかったって言えるのは。・・・・・・今、この瞬間。わたしの過去を変えてくれた今。・・・・・・・」

人には自由意志がある。

思うこと、考えること、願うこと、行動すること、祈ること。

ソリッチはそんな自由意志は希望であり、過去への悔恨となるものといった。

望みが「あのときああだったら」という悔恨を抱かせる。

一緒に暮らしたくもあっただろう。あのときこう選択をしていれば、と嘆き悔やむ夜もあっただろう。

それはソリッチに限らない。

蒔野だって洋子だって、早苗だって、誰だって。

人は一生懸命に生きている。だれもが幸せになりたいはずで、そのための選択をしているはずだ。なのに、思いを寄せ合っていたはずの蒔野と洋子のように、幼き日の故郷への思い出が変貌してしまったジャリーラのように、献身的に蒔野を支えていた早苗のように、家族を愛しているソリッチのように、様々な出来事が起こる。

自分の意思の及ぶ範囲なんて実はこれっぽっちかもしれない。他者の考えや行動に巻き込まれ絡まれ、ささやかな意思で選択している。そうして、自由意志と運命の間を縫うようにして生きている。

そして、それは、庭石の話をしていたあの最初の夜とは違う夜をつくる。あの夜の楽しい時間への意味が変わる。

【感想4】変わりやすい繊細な過去、変わらない強さと変えない繊細さ

未来は過去を変える。

パラダイムシフトが起こると、従来のようには見えなくなってしまう。

過去はそうして変わってしまうくらい、繊細なもので、感じやすいものだと思う。

ただ、やっぱり、それでも人間が素敵だと思うのは、自由意志という「未来になくてはならない希望」を持っていることだとも思う。

「運命」には抗えない。

ここでいう「運命」とは、自分の意志の及ばないところからもたらされるものという意味で使われていると思う。

あいつがこうしたことがこういう影響を自分に及ぼした、みたいな。

それが取り返しのつかないことにつながるということは山ほどある。

けれど、蒔野と洋子が思いを寄せ合い続けたように、ソリッチが妻と子を思い続けたように、そんな自由意志が希望となり、また過去のそれらを変えるということも起こる。

そんな風にして過去は変わりやすい、とても繊細なものだと初めて感じた。

しかし、それと同時に強烈に感じたのは、そんな繊細な過去を変えずにいるということが、そんな自由意志が、輪をかけてどれだけ繊細で強いことか、ということ。

蒔野の洋子に対する思い、洋子の蒔野に対する思い、人のそうした思いが、いかに尊いか

浮かんでは消しを繰り返しているようにみえる焦ったさも、実は相手を思い、何が最善かを考えてして来た選択だったと読み終えた後に読み返してそう思う。

それが誰かの存在に対する思いなのだとしたら、その誰かは誰かにどれだけ大切にされているかということなのだと思う。

そして、それは思う側も思われる側も幸せなことだなぁ、と思う。

そんな風にして変わってしまいやすい繊細な過去を、大切に丁寧に繊細に護ることのできる人の思い。

いいなぁ、と思う。

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